過去の活動報告

2007年 講演会レポート


「イノベーションとホスピタリティ」
帝京大学経済学部観光経営学科教授
立教大学名誉教授
岡本 伸之 氏



◇軌道修正の難しさ


プロダクトライフサイクルの考え方によると、あらゆる商品、企業、産業、国家には寿命があります。経営環境の変化についていけないと、衰退期を迎えることになるのですが、変化に気づいて方向を変えるのは大変難しいことのようです。

観光産業において、環境変化への適合と競争力の維持のためには、イノベーションとホスピタリティが重要なキーとなります。これは、観光産業の成長の両輪といえるでしょう。

イノベーションには様々な捉え方がありますが、私は「新機軸」、「革新」のことだと考えています。制度、施設・設備、仕組みなどについて、「今までやったことのないことをやる」ということで、これが競争力の源泉なのです。

もう一方のホスピタリティとは、「よそ者」に対する思いやりを示します。観光者(訪問者=「よそ者」)に対する思いやりが、形として、制度として、施設・設備、人的サービスに現れる。それがホスピタリティです。それが観光者の満足の決め手となるのです。


◇ユビキタス技術で観光が変わる


現代のイノベーションは、IT革命しかありません。そこで、私はユビキタス・コンピューティングの概念に注目し、トロンを開発した東京大学の坂村先生のチームと、各所で実証実験を行っています。

ユビキタスという言葉はラテン語で、「神様はいずこにもおわします」という意味です。今はラップトップコンピュータを持っていってどこでもコンピュータを使う人がいますが、そういうことではなくて、超マイクロコンピュータを環境のあらゆるところに無数に埋め込んで、環境側からコンピュータが入り込んでくる仕組みをいうのです。

ユビキタス・コンピューティングによって、将来、観光客が、GPS機能付きの小型のカーナビを携帯するイメージになります。そしてその環境に入っただけで、埋め込まれているマイクロコンピュータから、「今あなたにとって必要な」観光地の情報が端末に表示されるようになるのです。

たとえば、上野の実験では、パンダ舎の前でユビキタスコミュニケータと呼ばれるハンディタイプの端末をかざすと、上野動物園の園長さんが画面に出てきて解説してくれ、パンダが子供のもの頃はこうだとか、泣き声はこういうものだとか教えてくれ、これを六ヶ国語で提供しました。

そうしますと、観光地に行くときに、事前にガイドブックを読む必要はなくなるのです。Here and Nowの情報が現地の環境から提供されるのです。また、提案機能もついています。たとえば大雨で困ったときには、雨の日はこんな時間の過ごし方があると提案してくれるのです。

ユビキタス観光ガイドによって、観光の本質である異文化交流が実現できるのではないでしょうか。観光の議論は、観光客が何を求めていて、観光客がある地域を訪れることによって観光地がどう変わるかという文脈が多いようです。しかし、観光の本質である、異文化交流では、ホストはゲストを迎えて、ゲストのまなざしを意識しながら自分のアイデンティティを磨く努力をします。そして、訪問者の側でも、自分自身や自分が出発した地域がどう変わるのかが重要なのです。そのためには双方向性がなければならず、ユビキタス技術によってそれが実現できます。


◇日本的ホスピタリティ


私は、ホスピタリティには、ジャパニーズ・ホスピタリティというような日本的なもの、あるいはアジアのエイジアン・ホスピタリティがあるのではないかと思っています。特に、日本固有の身のこなしについて、それが一体何なのかを明らかにして、観光事業の、ホテルの施設計画などに応用できないかと思うのです。

まず、私は文化的な背景について考えました。われわれの行動、生活には「日本ならこう」とか「アメリカならこう」といった規範的なものがあります。そして、その背後には、宗教があり、さらにはその地域の生活を支える産業もあります。産業の一番の基礎は農業です。したがって、農業の中からはぐくまれた人間の生き方、身のこなしがあるはずなのです。そうして考えると、やはり欧米と日本のホスピタリティは異なるのではないでしょうか。

日本では、水田稲作をしてきたおかげで自然が残りました。自然との共生が先進国の中でもっともすばらしいと思います。これは、観光事業の中でも大切なことです。

そして、日本は、数寄屋造り、茶室などに代表される侘び寂びの世界、自然と共生する世界を大切にする純和風旅館を誇りにすべきだと思うのです。アマンリゾート(アジアを中心に十八箇所くらい展開している、一泊十万円以上の人気の高いリゾート)のオーナーは、二〇〇八年に日本進出を計画しています。そのコンセプトが日本の旅館なのだそうです。すでに金閣寺のそばに二万坪の土地を手に入れております。このように、日本的なホスピタリティは、世界的なリゾート企業からも注目されているのです。

さらに、キリスト教のホスピタリティは、「隣人愛」であって、対象は人間でしかありません。しかし、神道、仏教のホスピタリティを考えると、対象は生きとし生けるものすべてであって、山も草も対象になっています。これが自然との共生を育むのでしょう。

仏教は、日本に導入されたときから平等を重視してきました。日本という国は、皆、平等で「社会主義みたいだ」とよくいわれますが、サービスの場面でも排他性を感じさせません。

茶道の世界で一期一会ということばがあります。「最初で最後の出会いかもしれないが一生懸命努めさせていただきます」という発想です。そして、茶室の入り口はにじり口というのがあって、刀はそこで置いて入り、狭い茶室に入ればみな平等で、商売の話などはしません。平等主義の志向が強いのです。こうしたことから、日本のホスピタリティはどのような特徴を持っているかを考えていきたいと思います。

西洋のホテルと日本の旅館の違いを整理しますと、西洋のホテルは、王侯貴族の文化を商品化したものですが、日本の旅館は、自然との共生の日本文化を商品化したものなのです。つまり、ジャパニーズ・ホスピタリティの根底には、自然との共生や、平等主義という考えがあるのです。


◇ホスピタリティの具現化


ホスピタリティを具現化する方法には、人的サービスによるものだけでなく、制度作りや施設作りなど様々なものがあります。特に、施設・設備においては、和魂洋才の考え方が必要となります。

人的サービスで切り札となる基本原理は”一期一会”ですが、日本の人件費は世界最高レベルです。まずは施設・設備に演技させなければなりません。これこそがホテル経営の最高のノウハウでしょう。最高のサービスのためにサービススタッフの数をそろえるのは、誰でもやることです。そうではなくて、ファシリティマネジメントを大切にして、形あるものでサービスのクオリティを表現することが重要なのです。

今秋に開業するペニンシュラ東京が、どのような形で「アジアのホスピタリティ」を表すのか、大変期待しています。



ご清聴ありがとうございました。